「イヴの時間」考察

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C権化
記事: 14
登録日時: 14年前

「イヴの時間」考察

投稿記事 by C権化 » 14年前

注意!
妄想の域をでない、実用的な記事ではありません。
皆様の貴重な時間をいただくには惜しいものではございますが、
なんでも批判をいただきたいものです。


Geoへ行く、「イヴの時間 劇場版」が棚に、目の前に。
すぐ手に取り、ザムドと共にレジへ。

「こちら新作になります」店員の一声。
いそいで見ることになったがとても
楽しかった借りて良かった240円。

と、以前から興味のあった「イヴの時間」をみました。
いろいろと考えたが、ここにかけそうなことだけでも。

私は人の思考や、行動もプログラムに近いと思っているからか
ロボットが人格を持てるまで、ハードとソフトが発達したら
極端な話、行動する土台が違うだけで、人もロボも同じ
ようなものではないのかと考えながら見ていた。
話のなかででてくる反ロボットの倫理委員会の文句
「あなたはロボットの作ったトマトを食べますか?」
をみて、結局トラクターで作ってんだろ!とか思ったりするの
はまぁあったとして、たとえ四肢で農業したって、
手法が同じならば、結果から見たら同じものであり、
その場合、行動の土台は肉と機械で違っても、
結果を決定するのは行動を規定する思考、プログラム
であるのであるのかなと。
といってもアバウトなプログラムっていう概念
だから、感情とかないとか言いたいわけではありません。

もっと問題なのは、ロボット三原則と、人為的な変更がロボットには
容易であることである。人格を持っていると世間的な常識になったときに
なかのプログラムを変えられるている場合が簡単に起こること
、功殻機動隊の世界みたい?また、三原則は人格がでたときに、
人権もどきが問題になるし、しかしロボットに自由にさせたら自己強化が簡単で、
ターミネーターのスカイネットみたいになるのかなとか
妄想を膨らませてみてました。

道徳的な視点とか、制作者のよくある権力者像とか、マスコミについて
とかなんかいろいろ考えましたが、それはまた別のお話。
もしここまで、見てくれましたら、感謝とともに、労りの気持ちを
私から。おつかれさまでした。
最後に編集したユーザー C権化 on 2010年12月20日(月) 23:09 [ 編集 1 回目 ]

ISLe
記事: 2650
登録日時: 15年前

Re: 「イヴの時間」考察

投稿記事 by ISLe » 14年前

わたしはGyao(だっけ?)で配信されてたのを見ました。
ハイテク機器がハックされて悪用されれば被害は同じですよね。
人格があるかないかは別問題だと思います。

この手の話だとロボットだからと雑に扱う人間ばかり出てくるのですが、現実にそんなことがあるのだろうかといつも思います。
モノだって大切にしますよね。
義手や義足なら平気で蹴っ飛ばせるのでしょうか。体にくっついていたら別?サイボーグはどうなんでしょう。
イヴの時間は楽しかったですけど導入部から違和感がありました。
世界中で人間同士が殺し合いしてるので短絡的とは言えないのかもしれませんけど。

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C権化
記事: 14
登録日時: 14年前

Re: 「イヴの時間」考察

投稿記事 by C権化 » 14年前

コメントありがとうございます。
>>義手や義足なら平気で蹴っ飛ばせるのでしょうか。体にくっついていたら別?サイボーグはどうなんでしょう。
ここ、私も思います。むしろ、人、生物の形を模してるからこそより、愛着がわくのではないかな?
ロボットを雑に扱う人間が描かれるのは、やはり物語性、という点で外せないのだろうか、
と思います。ただ、アトムだったり、人格を持つ場合によく出てきます。乗る場合には
なし、人以外に人格、ここになんか引っかかるものがあるのでしょう。ロボ格とかに
変えたらいいのでしょうかw。昨今の差別用語の名称変えのように。

ISLe
記事: 2650
登録日時: 15年前

Re: 「イヴの時間」考察

投稿記事 by ISLe » 14年前

C権化 さんが書きました:やはり物語性、という点で外せないのだろうか、
と思います。
イヴの時間に限ったことではなくて最近は両極端な脚本が目立ちます。
極端な正義を振りかざして突然宗旨替えして主要キャラですら性格が別人のように変わったりします。
テーマを強調したいがためでしょうけどすべてが嘘臭く感じます。
どちらも極端であることを示すような演出を求めたいです。

イヴの時間に関しては頭の輪っかだけでどんなときも完璧に見分けられるとは思えないのであの世界では何か事件が起きても慣れてしまってどっちでもいいやって感じかもしれません。
本物の人間に対しても親しみや関心が薄いという現代人への風刺だととらえることにしました。
最後に編集したユーザー ISLe on 2010年12月21日(火) 18:28 [ 編集 1 回目 ]

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C権化
記事: 14
登録日時: 14年前

Re: 「イヴの時間」考察

投稿記事 by C権化 » 14年前

>>Isleさん
最後の、人間に対して親しみや関心が薄いことへの風刺はおもしろいと思いました。
と、これは良いとして、主人公が偏らず、どちらもいいじゃないか、やどっちもだめだ、
である話はたしかにみませんね。宗教的、とまでいかずとも、
イヴの時間であれば、ロボ反からロボ好へが、程度と過程は違えど
主人公格二人がいってしまいました、しかし!片方が変わり、片方がそのまま
ってのはNARUTOのナルトとサスケじゃないが、どっかでみたような
感じなります。二律背反的なキャラクターデザインの限界なのでしょうか。

ISLe
記事: 2650
登録日時: 15年前

Re: 「イヴの時間」考察

投稿記事 by ISLe » 14年前

両極端がいたりぶれたりするのはかまわないのですよ。
それが0か1かのように切り替わるのが嘘臭いと感じるのです。
設定ではなくて脚本・演出の話です。

NARUTOは中庸でぶれないキャラがいるので読み手が立場を変えて客観的に見ることもできます。
魔女狩りのような目にあって里を離れて暮らした忍者が特殊能力でいきなり英雄として迎えられるような話でなくて良かったです。

両極端は真ん中が無ければただ対立する構図にしかなりません。
受け側も好きか嫌いかの両極端になりやすいです。